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ワークライフバランス・コンファレンス2016
開催レポート@
第1部:パネルディスカッション
「組織起点から個人起点への転換を〜」

            石塚 邦雄 ワークライフバランス推進会議 代表幹事
                  /三越伊勢丹ホールディングス 代表取締役会長執行役員
            相原 康伸 ワークライフバランス推進会議 幹事
                  /全日本自動車産業労働組合総連合会 会長・全労生議長
            篠辺  修 ワークライフバランス推進会議 委員
                  /全日本空輸代表取締役社長
            阿部 正浩 ワークライフバランス推進会議 委員
                  /中央大学経済学部教授
                   ※役職は、ご登壇当時(2016年12月13日)のものです

 2016年12月13日、日本生産性本部と「ワークライフバランス推進会議」は、都内で10回目となる『ワークライフバランス・コンファレンス2016』を、約140名の参加のもと、開催しました。
 冒頭、日本生産性本部・茂木友三郎会長は開会挨拶として、次のように述べました。「日本が今後人口減少という供給制約を乗り越えるためには、質の高い労働力の確保と働き方改革が必要です。政府も一億総活躍社会の実現を目指し、働き方改革を最重要課題と位置づけています。その実現には、個の生き方を尊重するワークライフバランスと、生産性向上を通じた経済成長の好循環が重要です。受賞事例をベストプラクティスに進めていただきたい。」
 続いて、第9回「ワークライフバランス大賞」表彰式が行われ、茂木会長より、受賞組織の代表者に表彰状が授与されました。また、大賞を受賞した2組織の代表者から挨拶がありました。

表彰式  まず、大日本印刷・代表取締役社長の北島義俊氏からは次の通り。「印刷業界を取り巻く環境は大きく変化しています。さらに発展していくためには、個人がよりいきいきと働き、組織を活性化することが必要だと考えます。典型的な受注産業のため、推進が難しい点もありましたが、お得意様からも理解を得ながら全員で進めていけば、それがお互いのためになる。これからも根気強く、粘り強く進めていきます。」
 また、お佛壇のやまき・代表取締役社長の浅野秀浩氏からは次の通り。「第8回の聖隷三方原病院の大賞受賞から、静岡県勢は2連覇となりますが、県をはじめ、各自治体との協同によってたどり着いたものです。これからも官民一体となり、人口減少社会に対応できて、素晴らしい日本づくりに貢献できるかをポイントに進めていきたい。」

 第1部は、「組織起点から個人起点でのワークライフバランス推進への転換を」をテーマにパネルディスカッションが行われましたので、ご紹介いたします。
阿部 ワークライフバランス推進会議は2006年から始まり、2015年から新メンバーで「ワークライフバランス推進の起点を組織から個人へ変えていこう」という新しい取り組みに向けて、5つの行動提案を示しています。まずは、各委員から提案に至ったお考えを伺いたいと思います。
 

個人が自律的にキャリアを考える取組に

石塚氏 石塚 これまで10年間、ワークライフバランスを進めてきて、その取り組みや言葉は定着し、組織における働き方の見直しなども進んだという認識をもっています。
 しかしながら、現在、大企業と中小企業との取り組みのばらつきや、組織と従業員との認識、意識のギャップが見られるのは、今までの取り組みが組織を起点にしていたためで、依然として組織に依存したワークライフバランスの取り組みから抜け出せていません。
 就業人口の大幅な減少、公的年金の支給開始年齢の引き上げ、増大する社会保障費といった外部環境に加え、一億総活躍社会の実現に向け、安倍政権からの働き方改革への要請もあり、こうした大きな流れの中で、新しいワークライフバランスの取り組みを考える必要があるのではないかと至りました。
 これまでは、組織が個人をどう支援するかでしたが、個人が自律的に自分のキャリアを考えることをワークライフバランスの取り組みにしていく必要があるという考えが、組織から個人への起点の転換ということです。
 そのポイントは、育児・介護問題、定年後の就業問題など、課題も多様化しており、企業とその従業員という枠組みから、社会全体としての取り組みが求められていることです。重要なのは、主体となる個人が自ら人生を設計するという意識改革だと思っています。
 そして、ワークライフバランスを目指すうえで、個人の選択を尊重する社会、多様な働き方を可能にする社会、エイジフリーを実現できる社会となることが必要です。社会という言葉の中には組織も含まれると思いますが、そうした社会を目指すためには個人起点に立ったワークライフバランスのさらなる推進が必要となります。
提言 示した5つの行動提案では、まず、生涯にわたり活躍できるよう、中長期視点で自らのキャリア形成を図ることを挙げ、2番目以降に労働生産性を意識した働き方や、学び直しを提案しています。本人が自分の人生設計をどう考え、その中で働くことをどう位置づけるのか。個人にはそうしたことを主体的に、自律的に考えることが求められ、それを組織・社会が支援していく形にワークライフバランスを変えていく必要があると思います。
 また、個人の生活を大事にしている社員の仕事の仕方が優れているということが、これからのワークライフバランスの取り組みのポイントとなり、一方、企業は、企業価値を向上させるCSV(共通価値の創造)的な取り組みとして、個人を支援していくことが、その中心になっていくのではないかと考えます。

一人ひとりの仕事を経営や組織が見ていくことを大切に

篠辺氏 篠辺 5つの提案のうち、労働生産性を意識した働き方により時間のゆとりの創出について述べたいと思います。
 きちっと労働時間を守ろうとしても、想定外の残業があって、とても余裕がなかったり、好きなときに休暇が取れなかったりします。自分の好きな時間にやりたいことをやれることが、リフレッシュになるという発想をもたない限り、ワークライフバランスを考えろといっても、そんなゆとりはない、となってしまいます。ですから、時間のゆとりをどうつくり出していくかに真剣に取り組む必要があります。
 まずは、経営トップが意思をはっきり示すことです。不十分であれ、現在の到達点をトップや組織がきちっと認めるところから始めないと、従業員は様子見になってしまいます。会社にはそれぞれ文化があって、長く働いていれば仕事をしている評価が得られるとか、残業しないで帰る人に変わり者のレッテルを貼ったりするとか、ともかく均質的であることを良しとする文化があります。だから、そうした文化になっていないかを経営や組織は、きちんと考える必要があります。
 ルールや制度は結構ありますが、その運用をしっかりやらなければ前に進みません。企業活動では、元気な人材が思い切り働いてくれた方がいいに決まっています。であれば、その人が前日に遅くまで残業していた、あるいは休暇がとれず、連続勤務になっていたために、その日の仕事にマイナスの影響が出ているといった評価をしてあげないといけないでしょう。時間で管理するだけでなく、中身で管理する評価軸を経営が入れていく必要があると思います。
 従業員一人ひとりの仕事を、上司、管理職、社長が見ていく、そこを大切にして、文化を変えていくことを丁寧にやらないといけないと思います。だから、ルールは変えなくても、その運用をしっかりやることが大事で、そのうえで、それぞれの人に、会社人生や社会における人生を考えてもらうようにしていくことが必要だと思います。

社会全体の中で、文化として根づかせる

  相原氏 相原 日本の労働時間は長く、とても喜べる状況にありませんが、そのうえで、多様な個人のニーズを理解し、柔軟な働き方を求めていくことです。
 まず、ポイントとなるのは、みんなでワークライフバランスを意識することです。いい働き方をする意識が大事で、それを支える制度をつくり、魂を入れる。早く帰っても大丈夫だということを習慣化させ、さらには、社会全体の雰囲気の中で、文化として根づかせていく。本当に定着させるには、哲学や倫理が必要になると私は思っています。最終的にそれを支えるのが、今日の段階では、「自分の人生に引きつけて働き方を考える」ことだと思います。
 また、生涯活躍を意識して、社会活動へ積極的に参加することもポイントになります。100歳まで生きることを前提に、さまざまな定義や考え方の転換を図っていくことが必要であると言われています。自分に引きつけたときに、どういう働き方や生き方があるのかを考えることが大事で、その点、日本人の社会活動に対する抵抗感、距離感は甚だしく、少し大袈裟な言い方をすると、「公」に対する意識の低さと言えるかもしれません。
 産業が良くなれば、企業がより発展し、その地域やそこで働く人、さらには多くの人にも便益や成長が伴う時代がありました。社会を良くしていくこと自体にも相当注力していかないと、企業も伸びないと思います。産業や企業の中で得た価値やノウハウ、それを自らどこに活かせるかを考えていくことが、まず入り口になると思います。

 

マネジャーは専門性を高めて研究を

阿部 25年前にも労働時間の柔軟性、短縮が話題になりました。そして、今また長時間労働の問題、あるいはワークライフバランスの問題が深刻に語られるようになっています。では、長時間労働の削減に向けて、何ができるのか、議論していきたいと思います。
石塚 労働者個人としては、働くことについて、会社の中ではなく、自分の人生設計の中の一つのポイントとして考えることが必要です。働き方改革は、どうしても企業の中で働くこその中心になりますが、キャリアとしては、大きな流れの中で、しっかりと自立的、主体的に考える必要があります。
 これまでの働く方々は、自分も含めてですが、会社の中に閉じ込められ、一方ではしがみついてきたわけです。会社を離れたらどうなるのかを、若いうちから考えておくこと、それが会社の中で働くうえでもプラスになります。
篠辺 まずは労働時間の実態を正確に把握することです。例えば、月10時間の残業というのは、あくまでもアベレージに過ぎず、大事なのはAさん、Bさんがどう働いているかを分かっているということです。実態を正確につかまえないと、結果の数字だけで満足し、従業員のゆとりの確保につながりません。正確に把握するというのは、従業員一人ひとりの会社での人生を見てあげているかという話です。
 残業をつけると、上司や会社の迷惑になると考える従業員もいます。そうした時代ではないのに、変な文化になってしまい、健全な状態でルールが運用できているかが問われています。
相原 そもそも労働時間とは何かを、少し考えてみる必要がある気がします。製造業の出身なので、品質の良いものを作ろうとすれば、そこに至る過程を良くしないといけません。結果は後からついてくるので、品質を高めるには、その真因にたどり着く必要があります。
 労働時間は、要員、仕事の優先順位、コミュニケーションなど、さまざまな要素の組み合わせと認識するのがいいんじゃないかと。先ずは、働く人たちの無駄な時間の削減を通じて課題を顕在化させ、付加価値を向上させる働き方を突き詰めていくことも重要です。マネジメントの人には、仕事の配分や労働時間のあり方、目標のもたせ方などマネジメントの専門性を高めるための研究をよりしてもらいたいと思います。
 これだけ長時間労働が横行している中では、労働時間を削減するというターゲットから入るやり方もあるでしょうし、働き方を変えることからアプローチする仕方もあるでしょう。職場の納得性を高め、どういうアプローチが最適なのかを考えて、取り組めばいいのではないでしょうか。

労働時間以外の評価軸も必要に

阿部氏 阿部 それでは、組織の話に移りたいと思います。具体的に経営、マネジャーの役割はどう変わっていくべきなのか、制度や組織風土などをどう変えたらよいのか、具体的に議論したいと思います。
篠辺 給与は多いほどいいけれど、職場によっては、休暇が欲しいというところもあります。会社の事情や生産の都合で、休暇が決められてしまえば、休みを与えていたとしても、従業員の満足度にはつながらないし、自分のしたいことができなければモチベーションは下がります。品質を低下させることなく、必要なものを必要なだけマネジメントにツールとして用意し、働く人にとっても十分な環境をつくるには、労働時間ではない測り方も取り入れないと難しいと思います。
 けれども、ホワイトカラーやサービス業では、1時間当たりどれだけ働いたかを、売り上げを除けば何で測ればいいのか。これは組織としてきちんと議論する必要があります。それがないと結局、現場で指揮する人たちは、何も変わらないと思います。
阿部  ワークライフバランスには、生産性を上げて労働時間を短縮するというストーリーがあります。しかし、たとえば今まで7時間掛かっていたものを5時間でできるようになれば、短縮した2時間分も仕事をもっとやれというケースもあり得る。これだと全然、ワークライフバランスは進まない。労働時間の長さをどうするかとは別に、人員や業務量のマネジメントもワークライフバランス推進には重要になると思うのですが。
相原 海外の労働組合のメンバーと話すと、日本の生産性向上に労使で協力している姿は羨ましいが、浮いた人はどこに行くのか、とよく聞かれます。
その観点から私たち自身が留意すべきは、見かけの生産性向上です。10人を9人にすれば、職場の実力がついていなくても、人にしわ寄せすることで見かけの生産性は上昇してしまいます。本当に9人でやれる仕事の体制になっているか、浮いた1人がより付加価値を生む仕事に就けているかの評価軸をもっていないと、マネジメントとしては不充分です。
石塚 生産性については、特にサービス業が低いとされています。日本のサービスの対価が安すぎるため、働いている人たちの給料が低くなっているわけですから、私はペイを上げて、お客様にその分を払ってもらうことが必要ではないかと思います。
 顧客との関係ももっと整理する必要があるでしょう。ただ、顧客優先、顧客第一の観点から考えると、それに反することになってしまう。そして、他社との競争も絡んで、そのしわ寄せは従業員の長時間労働になる。
 日本全体の生産性を上げていくためには、企業も社会も個人も、そして労働だけでなく、営業戦略、競争戦略、顧客第一主義などについても、総合的に考えていく必要があると感じました。

広がった選択を個人が活かしていく段階に

阿部 長時間労働の問題、あるいはワークライフバランスの問題は、これからの日本の経済、社会を考えていくうえで非常に重要になります。今まで以上に生産性を上げ、働きたい人たちに働いてもらうために、さまざまな工夫が求められ、また本人自身も色々と考える必要があります。最後にこれからのワークライフバランスの推進に向けて、それぞれ一言ずつお願いします。
石塚 組織から個人へ起点を動かす運動には、難しい面があります。企業には、こうすべきと言えても、個人に対しては呼びかける手だてがないからです。ですが、それが必要である以上、社会に対する働きかけや、啓蒙といったことを、あらゆる手段を使って行い、ワークライフバランスの取り組みを社会的にもう一段、進化させていくことが必要だと考えます。
篠辺 当社ではワークライフバランスと同時にダイバーシティを進めようと考えています。仕事の選択肢を増やすことが、色々な人が仕事に就くチャンスになります。ダイバーシティにどう対応するか、人のダイバーシティもあれば、仕事のダイバーシティもあります。そして、環境変化に対応できるようにしていけば、大きな間違いのない会社づくりができると思っています。
相原 生産性を上げることは付加価値を高めていくことですが、今後の社会は、前の人が積み上げてきた付加価値を、後の人は適正に評価することが大事であり、それが最終的なプライスの源泉になるということだと思います。
そして、もう一つ、目いっぱい働いて定年の日を境にリタイアということではなく、目いっぱい感とリタイア感を共存させながら日々の生活なり、仕事に当たることが、これからは大事になってくると思います。
阿部 これまでのワークライフバランスは、労働者個人の選択の幅を増やす取り組みでもあったと思います。今度は、労働者がその選択をどれだけ上手く使い、生産性を上げていくかという段階に入ってきたのではないでしょうか。ただし、選択の自由があれば、当然義務もあり、その辺りを個人がどう考えて行動していくかが、これからのワークライフバランスを推進していくうえで大事だと感じました。組織起点から個人起点への移行というのは、少しハードルが高いかもしれませんが、皆さん自身のワークライフバランスの推進をどうぞよろしくお願いします。

(文責:事務局)


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