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ワークライフバランス・シンポジウム 開催レポート@
「これからのワークライフバランスを考える
〜自律的な生き方・働き方を実現するために〜」

            石塚 邦雄 ワークライフバランス推進会議 代表幹事
                  /三越伊勢丹ホールディングス 代表取締役会長執行役員
            相原 康伸 ワークライフバランス推進会議 幹事
                  /全日本自動車産業労働組合総連合会 会長
            河野真理子 ワークライフバランス推進会議 幹事
                  /キャリアン 代表



 労働力人口の減少が進み、働き方や価値観が多様化する中で、個人が自律的に働き、生涯活躍できるよう、個人、組織、社会がどのように進んでいくべきか、2015年12月15日に行われた「ワークライフバランス・シンポジウム」での問題提起内容をご紹介します。


河野 日本生産性本部が民間運動として「ワークライフバランス推進会議」を立ち上げて10年が経ちます。この活動の中でも特に重点的に取り組んだのは、「ワークライフバランス大賞」です。表彰の中で、企業、労働組合、自治体が行ってきた幅広い取り組みを見える化することによって、各方面において様々な課題解決の参考にしていただいていると思います。
 振り返れば、当初は「次世代育成支援」をキーワードにスタートしました。この10年間で、ワークライフバランスという言葉が世間一般に認知され、企業や自治体における活動も活発になりました。それと同時に、ワークライフバランスの課題も多様化してきました。育休取得者の増加、休職からの復帰後のキャリア形成、介護、定年退職以降の働き方など、非常に幅を感じるようになってきました。こうした背景を踏まえ、今回のパネルディスカッションでは、これからの新しいワークライフバランスを考えていきたいと思います。
 それではまず、石塚代表幹事より問題提起をお願いします。

「ライフ」の中に「ワーク」がある

石塚氏 石塚 まず前提として、ワークライフバランスをめぐる外部環境について、4点紹介いたします。
 1番目には、少子高齢化、就業人口の減少が挙げられます。生産年齢人口が減り、高齢者が増えていく中で、就業人口が減ってしまうということが大きな問題です。
 2番目に、公的年金の支給開始年齢が引き上げられることです。例えば60歳で会社を辞めてもお金がもらえない期間が続いてしまうことから、やはり生活のためには働かざるを得ない環境があります。
 3番目に、財政健全化の課題です。社会保障費を抑制することが、高齢化社会では大きな課題であり、企業経営としても考えざるを得ない状況にあります。
 4番目に、「一億総活躍」という国の目標の中に、「希望出生率1.8」や「介護離職ゼロ」といった、ワークライフバランスの目標と合致する目標が掲げられています。これからのワークライフバランスを考える上では、このような外部環境を意識する必要があります。
 今、ワークライフバランスは次のステージに差しかかっています。振り返れば、最初は仕事と家庭の両立支援が中心でしたが、今では、男性も含めた働き方改革が必要だと、ワークライフバランスの取り組みは認識されてきました。男性も含めた働き方改革を突き詰めて考えていくと、「ワーク」と「ライフ」のバランスを取ることではないと思います。大きく「ライフ」があり、その中に「ワーク」があるという考え方にしていく必要があるのではないでしょうか。つまり、人生そのものを充実させるという取り組みが必要です。これからは、健康寿命を伸ばして、最後の最後まで元気で充実した人生を送れるということを、ワークライフバランスの中で目指していくべきだと思います。
 そのためには、活動の領域を組織内に留めず、個人の取り組みや社会への広がりに対して目を向けたワークライフバランスを推進することが必要です。しかし、個人や社会への働きかけというのは簡単ではありません。やはり、企業には働く環境を築く責任がありますので、企業に対して問いかけをして、企業の責任として、ワークライフバランスを考えていくことが重要です。 

「多様性」「再チャレンジ」「エイジフリー」への対応

石塚 次に、目指すべき社会像を「多様性の尊重、違いを認める社会」、「再チャレンジ可能な社会」、「エイジフリーを実現できる社会」と整理したときに、企業経営者がこれらをどうやって実現するかを考えていく必要があります。
 「多様性の尊重、違いを認める社会」の実現については、職場環境の整備あるいは制度の多様化に加えて、男性の働き方にまで踏み込んだ意識の改革が求められるでしょう。多くの企業では働き方に関連した制度が沢山ありますが、社員あるいはマネジメント層、経営層の意識が大きく変化したかといえば、まだ十分ではありません。
 「再チャレンジ可能な社会」の実現には2つの意味があります。
 1つは、定年退職された方が、別の働く場、あるいは社会貢献の場で、自分のやりたいことを実現できる社会です。
 もう1つは、途中で辞められる方、あるいはどうしても辞めざるを得ずに退職された方々を受け入れられる社会です。
 「エイジフリーを実現できる社会」に関しては、労働力減少の中でエイジフリーということが語られていますが、企業側のものの見方だけでなく、一人ひとりの生き方の中でエイジフリーというものを実現していく社会が必要です。
 ワークライフバランスへの取り組みを通じて、多様性、再チャレンジ、エイジフリーへの企業としての対応が、経営の質を高めると確信しています。社会に対する責任として取り組んでいきたいと思っています。

河野 これまでの10年間の活動と外部環境を踏まえた上で、今後の活動に向けた力強いお言葉をいただきました。続いて、労働組合の立場から、相原幹事よりお願いします。 

全員が参加できるワークライフバランス

相原氏 相原 相原 まず、これからのワークライフバランスを議論するに当たっては、この10年間のワークライフバランスの推進活動を、しっかりと振り返っておくことが重要です。ワークライフバランスという言葉が世の中に定着したこと、さらには、労使関係や社会的にも、働き方という言葉が、ワークライフバランスとともに定着したということは、大変意義深いことだと思います。
 その中でも、働き方を考えることがワークライフバランスを考える入り口となります。ワークライフバランスの可能性を広げるためには、どのような言葉で表現できるかということが一つの大きなテーマでしょう。
 また、長時間労働の体質から脱却できたかといえば、そうでないところもまだ沢山あり、二極化、三極化し、それが固定化しつつあるということも、振り返っておくべき大変重要な点です。次のステージでは、全員が参加できるワークライフバランスがいかにあるべきかを外してはなりません。できる人はできるけれどもできない人はずいぶん後ろのほうにいるということでは、日本の成長の天井をみんなで持ち上げていくというエネルギーにつながりません。

意識化、制度化、習慣化、規範化

相原 次に、ワークライフバランスを考える4つの発展段階についてです。
 第1段階は「意識化」です。経営層やマネジメント層、社員とその家族も含めて意識の転換が図れているかということです。長時間労働を前提とした成果目標を設定されるマネジメントは少なくありません。ともすれば、本人も、職場環境を理由にして、ワークライフバランスの次のステージに移行することを自ら閉ざしている可能性すらあります。
 第2段階が「制度化」です。これは、組織がどう仕掛けるかということです。多くの企業においては、働き方をより良くするために、制度に工夫をし、努力してきたこの10年だと言えるでしょう。しかし、まだまだ個人も組織も、働き方を大きく変えることによってマイナスの影響の方が大きいのではないかという、猜疑心や恐怖心を乗り越えていない。このエネルギーをどこに見出すかも大きな問題です。
 第3段階が「習慣化」です。働き方を大きく変えても、それが習慣化されなくてはなりません。習慣化につなげるためには、多くの人が意義あることだと納得できることが必要です。
 最後の第4段階が「規範化」です。これは社会の規範として意識を高め、日本はこういう世の中だということをグローバルに訴えていく必要があるということです。
 ただ、この4つの段階を一気に駆け上がることはできないので、中長期的な進め方を考えていく必要があります。労働時間を競争力に置き換えるのをやめることは、社会の規範にしなくてはなりません。労働時間というのは「協調」の領域で、その上にある働き方という「競争」の領域で工夫をしていくというのが、企業が実践すべきことであり、労働組合としても持つべき観点だと思います。より良い働き方をし、企業や職場の競争力を底上げしていくということは共通理解ですが、ときにその「協調」の領域が「競争」の領域になっていることを、社会の規範として許さないということが大切なことではないでしょうか。

社会との接点を持ち続ける

河野氏 河野 これまでは組織でのワークライフバランスの推進が中心でしたが、社会全体を見れば、「ワークとライフのバランスを取れるなんて幸せだ」という声もまだ聞こえます。社会全体で考えるというマクロの視点が必要とされる中で、個人の視点も重要になると考えます。
 キーワードは、「生涯活躍できる」ということになるでしょう。人というのは社会の側面と個人の側面があり、働くということは人生の中にあるので、そこを改めて考えながら人生設計を生涯にわたり考えていくことが重要です。IT化や人工 知能の発達により、雇用関係も変わってきます。生涯活躍するためには自分を高める時間が大切で、例えば学校へ行って資格を取るようなことが必要だと思います。
 また、既に生涯にわたる人づくりというテーマで教育ビジョンを出し、社会全体で「生涯活躍」を考えている自治体もあります。組織の中で働く人たちも、40歳、50歳、60歳近くなると地元とのつながりを考えます。つながりを作ろうとしても、忙しくてできないということにならないように、うまくワークライフバランスを活用できる時代を作りたいと思います。
 最後に、やはり体のメンテナンスも必要です。企業でも、健康に気をつけるような時間を取らせたかというのも大変重要で、結果的には社会保障費の抑制にも結びついていくと思います。
 一人ひとりが豊かに、幸せに、そして活力を持って人生を送れるように、そして、それを支える組織や社会であるためには、個人や組織がどうあるべきなのでしょうか。

石塚 生活のために働くのではなく、社会との関わりを持ち続けることがポイントではないでしょうか。社会との関わりを持ち続けると認知症になりにくいというデータもあるように、仕事を辞めて家に閉じこもるのではなく、社会との関わり合いを持つことが重要です。
 一方で、働くことで得られる充実もあります。我々はその受け皿を用意する必要があります。経験と実力がある方に働いてもらうことについては必然性があると思います。一人ひとりの「自分はこうしたい」という気持ちを、企業や社会の中で実現できなければなりません。

相原 どういう形で就業人生を始め、どういう形で終えるのかということはセットで考えるべきことだと思います。現役時代から行動しておかないと、定年退職を迎えて、その次の日から社会参加というわけにはいきません。働いている生産世代にとって、より良く社会や日本に貢献する、より良い地域づくりをするというのが大事だとわかっていても、つかみどころがないと感じています。身の回りでどんな社会参加の仕方があるか、という軸を持つことが次のワークライフバランスを考える上でものすごく重要なことでしょう。

業界全体を意識した企業の在り方

河野 現役のうちに自分の強みや興味のあることを磨いておくことが必要ですね。そのためには、会社の中でもう少し自由に休めるとか、例えば、海外に半年行って経験を積んで、将来のことを考えたいという人に対して、そうした時間を作る雰囲気に持っていけるのでしょうか。

石塚 そういう方々が、例えば半年間休んでも、帰ってきて活躍できるような土壌や風土がないと、制度があっても活用されません。企業の業態によっては、社会との接点がものすごく遠くなっています。例えば、日曜日に休めないために、学校行事や地域活動に参加できないことがあります。定年退職を迎えても、これまでの生活の延長で社会との接点を持てるようにすることも必要です。
 また、同業内で個々の企業がそれぞれ競争することにより、業界全体としての生産性は落ちています。個々の企業も競争に疲弊して、どんどん体力が落ちているということもあります。過度な競争をしたり、消費者のニーズに応えたりするうちに、労働条件が少しずつ悪くなってきました。こうした背景からも、企業構造・企業競争のあり方を考えていかなければいけないと思います。
 例えば、一つの企業で年間休日数を増やす取り組みを考えたときに、同業他社がそこでさらに稼ぐために、労働時間を拡大することがないわけではありません。そうではなく、業界内で互いに協力して労働条件を良くしていくことが大切で、もっとグローバルな戦い方ができるような体力をつけることが、今後の日本企業の在り方だと思います。

相原 企業構造のあるべき姿を議論する際には、やはり雇用の安定につながるのかということが最も懸念されます。従って、働いている人も社会の規範として意識を高めていくことが、社会のコンセンサスにならないと現実的には難しいでしょう。さらには、人口が減少する中で生産性を高めていくその手法を編み出すというのは並大抵のことではありません。
 研究開発において多額な投資が必要なところについては、「協調の領域」といって、企業の枠を超えて協力する動きがあります。そのプラットホームの上に「競争の領域」を設けようという中でも、各企業が成長し続け、より良い働き方をしながら安定した雇用を生み出していくためには、ワークライフバランスが切り口になることは間違いありません。

「次世代育成支援」から「生涯活躍」へ

ステージ 河野 雇用されているという安定だけではなく、人より早く帰ることや休みを取ることが安心してできない状況があるのは、組織や企業が競争しているのを知っているからでしょう。これを改善していくためには、一人ひとりがアウトプットの質を高め、そこを十分に理解したマネジメントが必要になります。

石塚 長時間労働を撲滅したいと思っていてもできないのは、マネジメントの問題が一番大きいと思います。評価制度も、成果あるいは質で評価する仕組みにしなければなりません。ところが、今でも働いている量で評価されていることが多く、意識が変わりつつあるとは言え、長時間労働がなくなっていない現状では、まだまだ途上であると言わざるを得ません。

河野  働き方も多様化しています。勤務時間の長短、働く場所やスタイルの幅が広くなり、評価が非常に難しいですが、本当に働き方のイノベーションを起こさなければならないタイミングに差しかかっている気がします。

相原  働き方も千差万別なので、ワークライフバランスといっても自分には無関係な話だと捉えられることが少なくありません。しかし、生涯を通した「生き方」から「働き方」を考えることは、誰でもできます。これからのワークライフバランスに対しては、普遍性のあるアプローチの仕方が大変重要です。
AIやIoT等の技術発達があり、クラウドワーキングによって携帯の中に自分の仕事場があるような状況は進んでいくはずです。これまでの日本の労使関係や集団的な労使関係で一歩ずつ積み上げていこうとする働き方が少数派になることを十分想定して、次の10年間を進めていかなければならない。10年前に、ワークライフバランスが「次世代育成支援」をキーワードにスタートしましたが、老若男女問わず、多世代にわたってワークライフバランスを考えることが大事になります。

石塚 2050年の日本を考えたときに、今年、23歳で入社してくる人が、まだまだ会社の中で頑張っているということを考えると、その世代の人たちに対しても大きな責任があります。新しいこれからの日本を背負っていく人たちに活躍をしてもらい、生きがいを持って人生を送れるように、企業の在り方を考え、方向付けを行わなければなりません。

河野 これからのワークライフバランスは、「次世代育成支援」から「生涯活躍」という切り口へ、生き方や働き方を考え、組織の中だけではなく、個人、そして社会全体で考えていく時代に向かっていきます。一人ひとりがプロダクティブに生きていくことで、組織や社会に活力を与え、そして将来の次世代の支援になればよいと思っています。

(文責:事務局)





【プロフィール】
石塚邦雄(いしづか・くにお)
且O越伊勢丹ホールディングス 代表取締役会長執行役員
ワークライフバランス推進会議 代表幹事
1972年東京大学法学部卒業後、三越入社。本社業務部長、経営企画部長、営業企画本部長、執行役員を経て、2005年に代表取締役社長執行役員に就任。2008年三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長執行役員、2012年三越伊勢丹ホールディングス代表取締役会長執行役員、及び三越伊勢丹代表取締役会長執行役員に就任し現在に至る。

相原康伸(あいはら・やすのぶ)
全日本自動車産業労働組合総連合会(自動車総連)会長
ワークライフバランス推進会議 幹事
1983年法政大学経営学部卒業後、トヨタ自動車入社。トヨタ自動車労働組合副執行委員長、全トヨタ労働組合連合会事務局長を経て、2008年自動車総連事務局長、2012年全日本金属産業労働組合協議会(JCM) 副議長、2013年UNI日本加盟組織連絡協議会(UNI-LCJapan)議長に就任。2012年自動車総連会長に就任し現在に至る。連合副会長。全労生議長。日本生産性本部副会長。全日本金属産業労働組合協議会(JCM) 議長。公職:自賠責保険審議会委員、労働政策審議会委員、中央教育審議会臨時委員。

河野真理子(こうの・まりこ)
潟Lャリアン 代表取締役
ワークライフバランス推進会議 幹事
メーカーにて国際部門、人事部門等勤務後、1989年に人材育成専門の子会社設立に携わり常務・社長。同社独立後会長。2013年より現職。早期よりキャリアおよび個のマネジメントに関する事業を手掛け、現在は組織のダイバーシティ推進や個人の生涯キャリア形成支援を行う。内閣府、文部科学省などの委員を歴任。神奈川県教育委員会委員。