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日本生産性本部主催 講演レポート

日本人の働き方への提言〜ワーク・ライフ・バランスの視点から〜


国際ジャーナリスト エッセイスト

ドラ・トーザン (DORA.TAUZIN)氏

2013年1月17日に行われた「2013年新春労使幹部セミナー」(主催:日本生産性本部)での、ドラ・トーザン氏の講演内容をご紹介します。



フランスには「ワーク・ライフ・バランス」という言葉がない

 皆さん、ボンジュール。ドラ・トーザンと申します。私はフランスのソルボンヌ大学とパリ政治学院で学んでから、フランス政府の奨学金で日本企業のインターンシップで訪日しました。これが東京との初めての出会いで、日本に一目惚れをしました。今はパリと東京が半々の生活をしていますので、それぞれの国を比較する仕事も多いです。いろいろなフィールドで仕事をしていますが、共通点はフランスと日本の架け橋です。
   今日は日本のワーク・ライフ・バランスがテーマですが、この「ワーク・ライフ・バランス」という言葉はフランスにはありません。なぜかというと、フランス人は自然に自分のプライベートライフと仕事のライフのバランスが取れているからです。
 私が一番驚いているのは昔から変わりませんが、休暇についてです。日本人の友達に、「一緒にパリに行きましょう」とか、「1週間バカンスを取りましょう」と言うと、「私はバカンスが取れない」とか、「1週間も取れないわ」と言われ、いつも本当に信じられない気持ちです。バカンスはフランス語で「休み」という意味です。日本のサラリーマンは、法律でも1年間で最低3週間とか4週間ぐらいの有給休暇があるのに、休むのは結局、ゴールデンウィークやお盆といった一番高くて人が多いとき。これはバカンスではありません。バカンスは自分で行きたいときに取るものだからです。
 「飲み会」とか「付き合い」にも驚きますが、別に悪いわけではありません。会社の中で言えないことを夜飲みながらなら言えるから、これは日本の面白いコンセプトの一つと考えられます。けれど、プライベートライフは、ちょっとかわいそう。本当は仕事は昼間だけにして、プライベートライフでバッテリーのリチャージをする方がよいのではと思います。もちろん、たまになら楽しいけれど、義務になると大変です。

日本人はオフとオンの切替が足りない

 それから、オフとオンの切り替えが日本人にはちょっと足りないと思います。例えば、仕事が終わったら、スポーツジムに行ったり、外国語の勉強をすることもできます。日本の労働時間はとても長く、世界で比べると日本の生産性、競争力のレベルは低いです。インターンのとき、昼間はだらだらとゆっくりして、午後6時から一生懸命仕事を始めるのを見て、私は全然理解できませんでした。でも、これは残業代をたくさん支払えた20年前の話で、今はもう変わっていると思います。
 「ノー残業デー」にもびっくりしました。フランス人に話すと、「上から決められるなんて信じられない」と言います。長く会社にいることと一生懸命仕事をすることは全く違います。フランス人は仕事のときは一生懸命働きますが、仕事を離れると全く違うプライベートライフを持っていますから、仕事の仲間は少ないです。もちろん仲のいい友達もいますが、自分のプライベートライフと仕事のライフは全く違う世界です。
 それから、私にとっての驚きは女性の働き方です。今日も会場には女性が少ないですね。本当にもったいない感じがします。国のためにも、もちろん女性たちのためにも、企業のためにもすごくもったいないです。女性が結婚や出産で会社を辞めて仕事に戻るとき、パートタイムの、これまでとは全く異なる仕事になります。
 最近、私のファンは40代の女性が多いのですが、彼女たちは頭も良くて勉強も大好きで、外国語も上手で、勇気もあるし、考えもたくさんある。日本の今の社会のシステムや会社のノウハウとかパワーに使わないと、すごくもったいない感じがします。これは、個人の問題だけではなく、企業や国の問題だと思います。女性の部長や課長もとても少ないですね。

フランスは個人の幸せがベース

  私の最近のテーマは「自分らしさ」や、「個人の幸せについて」が多くなっています。日本とフランスは共通点も多いけど、全く違うことがあります。一つはグループの関係です。フランスは昔から個人主義の国で、個人がうまくいくと家族もうまくいくし、会社も、国もうまくいきます。でもベースは個人の幸せです。日本は反対で、和、ハーモニーがベースです。簡単に言えばグループがうまくいくと個人も幸せになるというコンセプトで、この部分は全くフランスと日本は違います
。  フランスは教育も必ず自分の意見を言わなければならないし、ABCの選択問題ではなくて、論文を自分でゼロから書きます。
 カルロス・ゴーン氏もよく言いますが、独りの時間や個人の個性がとても大事です。日本のオフィスの形は多分アメリカの影響だと思いますが、プライバシーが保てません。ヨーロッパでは、そんなに偉くなくても必ず自分のオフィスがあって、ドアを閉めることができます。日本のオフィスは、コミュニケーションがすぐ取れて早いし便利ですが、プライベートな会話をしたいときには不便ですし、ずっと一緒にいると、すごくストレスを感じます。
 女性のファッションでも個性が見られません。女性からよく聞くのは、香水は大好きだけど、会社に行くと部長から「匂いが強過ぎる」などいろいろといわれるということ。香水やファッションは個性ですし、みんなそれぞれ違うものですから、自分のパーソナリティを見せることは大切。それは仕事とは全く関係ないことです。

日本人はもっとコミュニケーションを

 東日本大震災の後は、今までと違うことが多かったのではないでしょうか。私もとてもショックを受けました。フランスに戻っていて、ちょうど『ママより女』の本が出る時で、本当に大変な時期でした。でもフランスからプロモーションができるかなど、いろいろと考えました。その時に驚いたのは、多くの人からの「今までやったことがないからできない」という答えです。これは怖いことです。今はEメールもあるしインターネットもあるし、簡単にコミュニケーションができます。70歳の人でなくて、35歳位の人が言うのは信じられません。
 今の日本は不景気でもあるし、地震もあるし、中国との関係など、本当に問題ばかりです。これまで通りではなく、何か新しいシステムを考えないと、日本の将来は難しいと思います。今のままでは、ゼロからの発想や新しい考えが出ません。でも、仕事をあまりしてこなかった日本の女性には、ゼロからのほうが簡単ではないでしょうか。イニシアティブを取ること、新しい考えや新しいコンセプトはこれからすごく大事だと思います。
 それから、コミュニケーション。日本は会議ばかりですが会議の中であまりコミュニケーションを取りません。最近は様々な委員会に出ることも多いのですが、せっかく面白い人をたくさん集めているのに、コミュニケーションや意見の交換をしないと時間の無駄になると思います。一般的に日本人はコミュニケーションをもっと取らないと難しいかなと思います。根回しもうまくいけばいいシステムだと思うけれど、今は大変なことばかりだから今までのシステムを見直さないと駄目です。これは会社だけでなく、日本の社会全体にも言えます。

「がまん」「しかたがない」はフランス語に訳せない

 「がまん」「がんばる」「しかたがない」「しょうがない」この言葉はフランス語に訳せません。素晴らしいけれど、言い過ぎると意味がなくなります。
 反対にフランス人は我慢しないから、いつもわがままではっきりして、デモやストライキばかりです。でも我慢し過ぎは体にも精神的にも良くない。日本に来たときに「過労死」という言葉を聞いてとても驚きました。これは仕事のし過ぎ、我慢のし過ぎです。我慢、我慢、我慢は良くないです。フランスと日本の懸け橋をしていると、こういったコンセプトの違いは面白いです。フランスに行くともうちょっと頑張らなければとか、もうちょっと我慢したほうがいいと思います。

働く率が高いと出生率も高い

 フランスの社会は一般的には1970年代に大きく変わりました。ひとつのきっかけは1968年の五月革命。これで企業や女性、家族の形がとても変わりました。
 最近、日本でも少子化の問題についてよく聞かれます。ヨーロッパではフランスがアイルランドの次に出生率が高いです。フランスには今、主婦という言葉はありませんが、60年代まで女性は大多数が主婦でした。今は主婦が少なくなったけれど子供が増えたというのもフレンチパラドックスの一種だと思います。日本はとても先進的な国なのに、古い考え方がまだあって、最近増えた婚活や結婚を自分の人生のメインゴールにする考え方は、フランス人から見るとすごく不思議です。
 日本は社会の変化があっても法律はそのままだからギャップが大き過ぎて、若い人はかわいそうです。例えば、結婚をしていない夫婦では、東京でアパートを借りることは難しい。もう少し自由だったら、もっと子供をつくりたくなるのではないでしょうか。環境の選択肢があれば、もっと自然でポジティブになると思います。
 スウェーデンでは、出産の前後に休んですぐ復帰をして、仕事をずっと続けます。だから就業率は男性と同じです。フランスも、やっぱり子供を産むとき少しだけ休んで、そしてまた会社に戻ります。でも、日本は有名なMカーブで、30歳から40歳が一番働ける時間なのに働きません。何のために仕事を辞めるのでしょうか。会社のためにも良くない、自分のためにも良くないです。スウェーデンやフランス、イギリスや他の国を見ると、働く率が高いと出生率も高くなっています。

育児や教育も国の責任としてプライオリティが高い

 フランスでは子供向けのシステムが良くできています。一つには子どもが生まれたときに預けるところが多くあることです。例えば高校生の多くはアルバイトでベビーシッターをします。クレッシュ(託児所)など、ずっと赤ちゃんと一緒にいなくても、預ける習慣やシステムがあります。
 一番大事なのはエコール・マテルネルです。これはフランスの保育学校で、3歳から始まります。マテルネルに入るまで仕事を休んで子供と一緒にいます。私の友達も子供を産んだあと1年休んで自分のポジションに戻りました。これは当たり前のことです。フランスの会社は法律的に3年間その人のポジションをキープしなければいけません。もちろん不便ですが、国全体で見ると子供を産むことは大事だから、企業からのサポートも重要なのです。
 手当もフランスでは手厚いです。子供1人目は手当がありませんが2人目からもらえます。3人、4人、5人となると手当が厚くなります。育児も教育も国の責任というのがフランス政府の考え方ですが、健康と教育のシステムのために税金はとても高いです。フランスでは大学に入るまでは無料で、大学もすごく安いです。このベースは大きいと思います。日本とフランスを比べると、国の予算が全然違います。フランスは18%、日本は5.8%。プライオリティが全然違うということがわかります。

Qualite de vie

 フランスでは2000年の社会党のとき、新しい法律を作り、週に35時間以上働くことはできなくなりました。最初は失業者のためのワークシェアリングが目的でした。フランスの失業率は高くて、まだ10%ぐらいあります。 実際に始めてみると、できない仕事もたくさん出てきました。結局は労働組合と協議し、1年間での労働時間管理になりました。
 その結果、男性の子供との関係は特に変わりました。例えば学校で自分の子供を5時にピックアップしたり、もっと自分の奥さんと一緒にいられる時間も増えました。生き方や日常生活も変わりました。人間は、19世紀から見るとだんだん労働時間が少なくなっています。これはヒューマニズム、人間の幸せのためです。これは進化ですから、戻るのはすごく難しいことです。
 もちろん、経済レベルは国としても個人としても大事だけど、今一番大事なのは、「Qualite de vie」。英語にすると、クオリティ・オブ・ライフです。人間関係、時間、自由、スペース、安全、健康、食べ物なども含みます。環境の問題、時間の問題、人の関係も、子供を産めるか産めないかもそうです。今後は、「Qualite de vie」のコンセプトを、メインにしたいと思います。
 今日はありがとうございました。メルシーボーク。

【プロフィール】

ドラ・トーザン(DORA.TAUZIN)
国際ジャーナリスト エッセイスト

東京とパリを行き来しながら、日仏の懸け橋として新聞、雑誌等への執筆や講演、テレビ・ラジオ出演など多分野に活躍する生粋のパリジェンヌ。国連広報部勤務後、NHK「フランス語会話」出演、慶応義塾大学講師を経て、現在、東京日仏学院等で講師を務める。「パリジェンヌ流 今を楽しむ!自分革命」(河出文庫)「ママより女」(小学館)など著書多数。文化庁より長官表彰(文化発信部門)。日本生産性本部「ワーク・ライフ・バランスと質の高い社会を考える会」委員。 http://www.doratauzin.net 
http://www.facebook.com/dora.tauzin.official